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re:ちゃきさま
情報ありがとうございました。
学校周辺にもいろいろと季節を感じ取れるものがあります。
時にはそんな余裕を持ちたいなあ、と。
また何かありましたらよろしくお願いします。

>この花は二ゲラとか黒種草と言われています。
>花の後の実はドライフラワーにも利用できます。

| nishiko | 09:40 | comments (0) | trackback (x) | 通信等 |
西高祭

開会式です。
| mob | 08:39 | comments (0) | trackback (x) | 全般 |
花2

おもしろい実が付いています。
| mob | 07:43 | comments (0) | trackback (x) | 全般 |

名前はわかりませんが綺麗な花です。
| mob | 07:41 | comments (1) | trackback (x) | 全般 |
差別にまつわる授業を考える
結論から先に言うと、すべての教育の根幹に「差別」に関する敏感さが必要だ、ということ。

たとえば男女。たとえば職業。たとえば学歴。たとえば出身。たとえば財産。たとえば人種。たとえば能力。たとえば容貌。たとえば年齢。たとえば宗教。たとえば・・・・。

 たとえば、「カラーパープル」という映画がある。これは、制作者の意図かどうかはわからないが、やたらと「差別」を感じさせる。黒人であること。女であること。若年であること。財産を持たないこと。容貌が男好きするものではないこと。もっとあるだろうけれど、これが主人公。ほかの登場人物たちも、それぞれに「課題」を抱えている。主人公がたくましく生き抜いていくのがせめてもの救いといった映画だ。で、我が身を振り返ってみたときに、多かれ少なかれ似たような「差別」を見つけることは簡単だ。私たちの世界には、なんと差別の多いことよ。

 で、考えてみる。これだけたくさんの差別があるということは、私たちが生きていくために生物として差別が必須なのだろうか。それとも、こういった差別はひとつひとつ無くしていくことが可能で、いまはまさにその途上なのだろうか。

 答えは簡単ではないだろうけれど、希望としては「なくなっていくべきもの」であってほしい。人間がその知恵で解決していけるものであってほしい。

 私たちのまわりのいたるところにある「差別」を感じてほしい。その差別をなくすためにどうしたらいいのかを考えてほしい。それが、人とともに生きるために必要なことだから。だれかを食い物にするのではなく、だれかの奴隷となるのでもなく、自分の人生を自分の手で動かしていくために必要なことだから。

だから、結論。人生の根幹のところで「差別」と闘うことが大切なことだと考えている、私は。。。
だから、教育もそれを忘れてはならないのだ、と、時折主張してみる。
| nishiko | 20:41 | comments (0) | trackback (x) | 情報科通信 |
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